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名古屋高等裁判所 昭和56年(ネ)324号 判決

控訴人・附帯被控訴人(原告)

桜本範治

被控訴人・附帯控訴人(被告)

村田正昭

ほか一名

主文

一  原判決中第一審被告村田正昭に関する部分を次のとおり変更する。

1  第一審被告村田正昭は第一審原告に対し、金三一四万四三七三円及びこれに対する昭和五五年四月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  第一審原告の第一審被告村田正昭に対するその余の請求を棄却する。

二  第一審原告の本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じ、第一審原告と第一審被告村田正昭との間に生じた部分はこれを三分し、その二を第一審原告の負担とし、その余を第一審被告村田正昭の負担とし、第一審原告と第一審被告三重近鉄通運株式会社との間に生じた部分は第一審原告の負担とする。

四  この判決は第一審原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

(第一審原告)

一  原判決を次のとおり変更する。

第一審被告らは第一審原告に対し、連帯して金一三三九万七九五五円及びこれに対する昭和五五年四月一九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  第一審被告村田正昭の本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。

四  仮執行の宣言。

(第一審被告村田正昭)

一  原判決中第一審被告村田正昭の敗訴部分を取消す。

二  第一審原告の第一審被告村田正昭に対する請求を棄却する。

三  第一審原告の本件控訴を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

(第一審被告三重近鉄通運株式会社)

一  第一審原告の本件控訴を棄却する。

二  右控訴費用は第一審原告の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(第一審原告の追加陳述)

一  過失割合について

1 原判決は、被告車がほとんど停車した時に原告車が衝突したこと、原告車は横滑りの状態で滑走中衝突によつて停止したことを認定し、これを前提として原告車の速度と過失割合を判断している。

しかしながら、右認定事実に副う証拠はなく、むしろ、被告車は衝突現場に差しかかるまでは時速三〇ないし四〇キロメートルの速度で進行してきたことが明らかであり(乙第二号証)、原告車を発見した時の速度が仮に二〇ないし三〇キロメートルであつたとしても、右速度が落ちたのに原告車を発見する直前であつたこともまた事故現場の道路状況から容易に推測できるところである。一方、第一審原告が衝突後三メートルも飛ばされて転倒したことは原審における第一審原告本人尋問の結果により明らかである。そして、これらの事実を総合すると、被告車が停止するのとほぼ同時に原告車が衝突したものとは到底考えられないところである。

2 原判決は、原告車の速度にスリツプ痕の長さから推定することができないとしながらも、時速二〇ないし三〇キロメートル位であつたと認定している。

しかしながら、運転者が正確な速度を認識することは困難であるから、衝突時前の速度は客観的なスリツプ痕に基づいて判断するのが相当であるところ、原告車のスリツプ痕が二・一メートルであるのに対し、被告車のそれは三ないし四メートルであることに原判決認定のとおりである。このスリツプ痕の状況に前記の第一審原告の転倒位置とを併せ考えると、原判決認定のように原告車と被告車の速度がほぼ同程度であつたとは到底考えられないところである。

3 原判決は、第一審原告が対向四輪車を発見しても平衡を失わないで停止できるよう速度を調整し進行すべきであつた旨判示するが、第一審原告が本件において平衡を失つたことがあつたとしても、それは狭隘な道路を大きな乗用車である被告車が疾走してきたことに起因するものであるから、ひとり原告車の速度のみに原因すると考えるのは相当でない。また、自動車の衝突事故における速度の危険度は、道路の幅員及び状況に加えて、車両の大きさも考慮して判断さるべきであつて、原告車より大きな被告車を運転していた第一審被告村田側の速度には大きな危険が内在していたものといわなければならない。

なお、第一審原告は、衝突前、進行方向右端に設置されているカーブミラーを確認したが、被告車を発見できなかつた(甲第二〇号証)ことからすると、被告車の速度が相当速かつたことも推定されるほか、第一審被告村田に右カーブミラーを確認した事実も窺えないことからすると、同被告には前方不注視の過失もある。

4 以上の事実関係からすると、原判決が第一審原告及び第一審被告村田の過失割合を五〇パーセントとしたのは失当であり、第一審被告村田に過半の過失があつたものというべきである。

二  損害額について

1 原判決は、第一審原告の妻の付添看護中の子守代を付添看費及び入院諸雑費の中に含まれる経費として考慮するのが相当であるとする。

しかし、付添人として職業家政婦またに日常子供の養育監護をしていない第三者を付した場合はともかく、本件では、第一審原告の妻が付添をし、一人で二役を演ずることのできない性質の経費であるから、子守に要した費用は本件事故と相当因果関係ある損害というべきである。

2 第一審被告村田に、逸失利益の算定について不服を述べているが、右は後遺障害に対する将来の逸失利益を求めるものであつて、現在所得の減額が認められないからといつて将来も同様に推定することは暴論といわなければならない。第一審原告には、現に自賠法施行令別表等級表一一級相当の後遺障害が残存している以上、その労働能力に低下をきたしていることが明らかであり、将来にわたつての減収あるいは増収率の低下が十分に推定されるものである。

(第一審村田正昭の追加陳述)

一  過失割合について

第一審被告村田は、同被告の進路前方約二七メートルの一時停止線で一時停止すべく時速二〇ないし三〇キロメートルで本件町道を南から北へ向けて直進中、見通しの悪い本件町道右方から第一審原告が原告車に乗つて飛び出すように進路前方に出てきたため、直ちに急制動の措置を講じ、約七メートル進んで停車したが、その瞬間、原告車がかなりの速度で被告車に衝突したというのが本件事故の実体である。そうすると、第一審被告村田の過失が否定できないとしても、右過失は第一審原告のそれに比べて極めて小さいものであり、第一審原告の過失割合を五割とする原判決の認定は低すぎるものといわなければならない。

二  逸失利益について

原判決は、第一審原告に自賠法施行令別表等級表一一級相当の後遺障害があり、労働能力二〇パーセントの喪失があるとして、金一三二九万一八六八円の逸失利益があると認定している。

しかし、第一審原告は、本件事故後勤務先から右後遺障害を理由として、給料、賞与の減額を全く受けておらず、現実に収入が減少していることなく、更に将来その収入が減少する可能性は全く窺われない。そうすると、第一審原告の後遺障害に対する労働能力の喪失率が二〇パーセントの評価できるとしても、そのことの故に、第一審原告に三五年間にわたり二〇パーセントの割合の収入減があるものと認定するのは相当でなく、それは具体的に認定し得る損害の範囲にとどめられるべきである。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  本件事故の発生、責任原因、過失割合、第一審原告の傷害の部位・程度と後遺障害、第一審原告の損害、過失相殺、弁済充当、弁護士費用についての当裁判所の認定と判断は、次に訂正、付加するほか、原判決の理由一ないし八(原判決一二枚目裏八行目から同二七枚目裏五行目まで)と同一であるから、これを引用する。

(訂正、付加)

1  原判決一三枚目表五行目の「被告」から同七行目の「その他」までの部分を「弁論の全趣旨により成立を認める丙第一、第二号証並びに」と訂正する。

2  同一四枚目表一一行目の「原告」から同裏三行目の「証拠はない。」までの部分を「成立に争いのない甲第一九、第二〇号証、乙第一、第二号証、本件事故現場道路の写真であることについて争いのない乙第四号証の一ないし四、原審及び当審における第一審原告本人(ただし、後記措信しない部分を除く。)、同じく第一審被告村田正昭本人の各尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができ、原審及び当審における第一審原告本人尋問の結果中この認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。」と訂正する。

3  同一五枚目表一行目の、「右(西)がわ」を「町道東がわの」と改める。

4  同一六枚目表一一行目の「同被告の当法廷における右同様の供述」を「第一審被告村田本人の原審及び当審における右同様の供述」と改める。

5  同一七枚目表一行目の「衝突した。」を「衝突し、被告車の右斜めやや前方に転倒した。」と改める。

6  同二〇枚目裏五行目の「このような出費」の前に「右謝礼には好意的贈与の趣旨も含まれているものと推認されるから、本件事故と相当因果関係のある損害とは直ちに認め難く、」と加入する。

7  同二四枚目表八行目から同二五枚目裏四行目までを次のとおり訂正する。

「8 逸失利益 金一〇九一万三三八七円

第一審原告が本件事故による受傷の結果、右下肢が二・五センチメートル短縮し、右股関節、膝関節、足関節に運動機能障害が残り、その程度は自賠法施行令別表等級表の一一級に相当し、右障害は終生残存することは前認定のとおりであり、当裁判所に顕著な労働省労働基準局長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号の労働能力喪失率表によると、前記第一審原告の障害等級に対する労働能力の喪失率は二〇パーセントであることが明らかである。

ところで、後遺障害により労働能力を喪失したとして将来の逸失利益を請求するには、事故の前後を通じて減収が生じているか、または後遺障害により顕著な労働能力の低下があるかあるいは労働能力喪失の程度が軽微でも、本人が現に従事しまたは将来従事すべき職業の性質に照らし、特に昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれがあるものと認められる場合など、後遺障害が被害者にもたらす経済的不利益を肯認するに足りる特段の事情の存在を必要とするというべきである。そして、原審及び当審における第一審原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、第一審原告は、昭和四〇年三月高校卒業後、セントラル硝子株式会社松阪工場に入社して本件事故時まで、同工場の事務職員として製品の在庫管理及び出荷業務(重量物等の運搬には関与しない。)に従事してきたが、本件事故後も右従前の業務に従事し、昭和五六年九月庶務係に配置換えされたこと、第一審原告は本件事故後昭和五六年末までの間に労働能力の低下を理由として右勤務先から給与等につき格別不利益な取扱を受けていないことが認められ、本件全証拠によるも、第一審原告が右のように給与面で不利益を受けなかつたことが同原告において労働能力低下による給与の減少を回復すべく特別の努力をしたことに基づくものであつたことを認めることはできない。従つて、第一審原告は前記後遺障害により昭和五六年末までの間は財産上特段の不利益を被つているものとは認め難い。

しかしながら、第一審原告が昭和五七年以降将来にわたつて給与面で不利益な取扱を受けないという保障があることを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、当審における第一審原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、第一審原告の勤務会社では、同原告と学歴、年齢及び職種を同じくする従業員に対する人事管理として、重量物の運搬作業等を伴う工場業務への配置転換あるいは会社の特約販売店への出向が実施されており、後遺障害を理由に右配転、出向を拒絶する場合には、昇給、昇任等に際して不利益の生ずるおそれがあること、右会社の定年は五五歳であり、第一審原告が同年齢に達する頃には転職も考えなければならないことが認められる。そうすると、第一審原告は、後遺障害に伴う労働能力の低下を理由に、将来、昇給、昇任、転職等に際して不利益を受けるおそれがあり、それが第一審原告の将来における収入の減少につながるであろうことは容易に推認でき、第一審原告が労働能力の低下により昭和五七年以降経済的不利益を被る蓋然性は低くないものといわなければならない。

そこで、第一審原告が労働能力の一部喪失により昭和五七年以降将来にわたつて被る財産上の損害(逸失利益)の額について判断するに、第一審原告の後遺障害の部位及びその程度、第一審原告が事故前後を通じて従事している職種、前記労働能力喪失率表による喪失率が二〇パーセントであること等を総合的に勘案すると、第一審原告は右後遺障害により本件事故前に有していた労働能力の二〇パーセントを喪失し、これに伴う経済的不利益を昭和五七年以降第一審原告の稼動年数と推定し得る六七歳までの三一年間にわたつて受けるものと認めるのが相当である。そして、右労働能力の喪失による損害の額を算定すると、前認定のとおり第一審原告は本件事故前三か月間に合計金七一万七二三六円の月例給与収入を得ており、また前示甲第一七号証によれば、第一審原告は、当時、右給与のほか年間少くとも金四六万七八七一円の賞与を受領していたことが認められ、これから年間収入を算定すると金三三三万六八一五円となり、第一審原告は本件事故当時少なくとも右金額を下らない年間収入をあげていたことが認められる(なお、右認定の賞与は昭和五二年一二月に本来受けるべき賞与額であり、このほか六月支給の賞与分のあることも窺われるが、その額については主張立証がないのでこれを認定できない。)。そこで、これを基礎としてホフマン方式により症状固定時である昭和五三年九月二五日時点における右逸失利益の現価を求めると、次式のとおり金一〇九一万三三八七円(円未満切捨)となる(なお、右金額が第一審原告主張額を上回ることの問題点については前記休業損害について説示したとおりである。)。

3,336,815円×0.2×(19.917=3.564………ホフマン係数)≒1091万3387円

8  同二六枚目裏五行目の「金二、一四五万五、一九一円」を「金一九〇七万六七一〇円」と改める。

9  同二七枚目表一行目の「金一、〇七二万七、五九五円」を「金九五三万八三五五円」と改める。

10  同二七枚目表七、八行目の「金一、〇七二万七、五九五円」を「金九五三万八三五五円」と、同八行目の「金四〇三万三、六一三円」を「金二八四万四三七三円」とそれぞれ改める。

11  同二七枚目表一〇行目の「金三五万〇、〇〇〇円」を「金三〇万円」と、同裏四行目の「その内金」から同五行目の「相当である。」までの部分を「本件の全弁護士費用中第一審被告村田が負担すべき金額は金三〇万円と認めるのが相当である。」とそれぞれ訂正する。

二  以上の次第で、第一審原告の第一審被告村田に対する本訴請求は、前記弁済充当後の損害残金二八四万四三七三円と弁護士費用金三〇万円の合計金三一四万四三七三円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和五五年四月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、同被告に対するその余の請求及び第一審被告三重近鉄通運株式会社に対する請求は失当としてこれを棄却すべきである。

よつて、右と一部結論の異なる原判決を右のとおり変更し、第一審原告の本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀧川叡一 佐藤壽一 玉田勝也)

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